2017年04月16日

  京都嵯峨野と中国の親睦性  亀山公園に歴史が   関西学院大学と 関西大学

4月14日 桂川(大堰川)を屋形船で渡って、対岸の嵯峨野へ花の散策をしました。
常寂光寺の「女の碑」と定家「小倉百人一首」編纂をした時雨亭の一部がここであることから訪れました。
その前に

嵐山の対岸にある亀山公園には、周恩来元首相ら日本と中国の間で「日中不再戦」の意を表す碑が建っています。長寿であった清水寺元管主大西良慶さんの揮毫によるもので、散策の折りには地図を見て御立ちよりされてはいかがでしょうか?その少し上、小高くなって、対岸の嵐山が見えるところに、京都商工会議所や留学生へのボランティアなどいろいろな団体が寄付をした日中友好の碑があります。 
 先日、ここに立ち寄った時に、京都仏教大学留学生と中国吉林大学で中国文学を教えている方から声をかけられました。留学生は、色白で笑顔が爽やかな甘いマスクのイケメン君で、日本に憧れて真面目で明るい青年でした。


 関西学院大学と関西大学の関西の発音が異なる事を片言漢語(はんゆう)で説明しました。 呉音の漢音の違いです。関西学院は呉音を取り入れているのです。 創立者が異なるので違いを判ってもらうだけです。

 現在もローマ字で書くと 
関西学院大学を
   Kwansei gakuin daigaku
  中国語 では
 クヮンシー シュエイン  ターシュエ  でしょうか?(カタカナで書くのも難しい)
  関西大学は
Kansai daigaku は → クヮンシー ターシュエ

となり、中国人の読み方からすると何も違いはないし、混乱し易いでしょうね。(笑)日本人でも殆どかんさいがくいん大学 → 「関学」が一番通っていますかしら。
そして「関大」 でとおりますね。学生スポーツ界では正にそうでしょうね。 
関学のばあい、クワンセイガクインと言う学生、先生も少ないとおもいますが、いかがでしょうか?
軽く「かんせいがくいんです。関学です」ですよね。くだらないようで、オリジナルも一応崩さないでと書きました次第です。(笑) 卒業生のはしっくれでした。

この学生さんも先生も関学を創立した、アメリカ人宣教師 ランバースがその後中国のベニスとして美しい古都として日本人にも親しまれて来た蘇州に蘇州大学を作って客死したことを知っておられませんでしたので紹介。
関学は今も創立125周年に、当時のアメリカ人女性学院長が友好訪問されたと聴いております。
友好大学ではないでしょうか?調べてみてくださいね
吉林大学も、25年程まえに北京より北東へ列車でいった承徳で、関学の学生に出逢いました。吉林大学で夏期休暇を過ごした帰りだそうで、当時は承徳で出会った唯一の日本人でした。
吉林大学とも友好しているようですよ。卒はしくれより。
posted by きりん at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ旅  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

花づくしの三日間  嵐山 京都御室 吉野山 桂離宮 嵐山 嵯峨野 小倉山 烏丸御池 

生涯で初めての花見づくし3日間でした。 4月12日は、御室仁和寺の御室桜。桂から嵐山渡月橋、小倉山桜を眺めて嵐電車中から花見。仁和寺はつぼみ開き。夜は大阪でコンサートを聴き、
13日は12時過ぎの近鉄特急阿倍野から吉野へ。中千本、下千本満開近く。堪能。夜は8時過ぎから大阪造幣局の通り抜け。つぼみちらほらの品種あり、満開ありとばらつきました。6時過ぎの列車で吉野からの帰り40分余を造幣局の通り抜けを決行するという健脚ぶり?
今年は帝国ホテル、天満、桜ノ宮両河岸にソメイヨシノが1週間ほど遅れで満開。若者達ばかりに混じって9時〜大型屋台食堂でおでん、焼きそば、丸ごとイカ照り焼きを食べて健啖シニア2人でした。14日は、朝9時から清々しい桂離宮見学。20人程で1時間。
その後、タクシーで桂川沿いを走って、嵐山の料亭旅館で入浴、湯葉豆腐鍋と会席料理。目の前の屋形船で大堰川(桂川)船遊びで亀山公園側へ渡って散策。常寂光寺から野々宮神社へでて嵐山電鉄と地下鉄東西線烏丸御池のレストランで夕食でした。
posted by きりん at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ旅  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

関口知宏 ヨーロッパ鉄道の旅 クロアチア編 回想 スタジオで 「考えない」「考えすぎない」のが流行の社会は果して?

悩む事が何かただ暗いマイナス思考なのか? 自分の事だけでなく、現代社会は、1200年前の社会よりもずっと複雑で共通の悩みや危険性を共有している。
その最大は、地域紛争。民族対立戦争と難民、領土問題。核兵器、原発、テロ、地球温暖化による異常気象。生態系の破壊。農薬、公害による魚介、畜産物の汚染。 グローバル時代の資本主義。投資株価の高低差による長者になる可能性と反対に経済破綻の可能性。
貴族社会の摂関政治と皇太子出産にまつわる物語が文学となった社会と現代では、職業の選択枝が極めて異なる。
 少子化と未曾有の生きなければならない高齢化社会。寝たきりでは理想とはかけ離れた最期をどう迎えるか。
今を生きるとは?20世紀の老齢化社会とは異なる家族、「無縁」社会に、オカルトではない、知性と倫理、便利であること=自由とごまかされていく社会に哲学を再構築しないのか?人はその人に添う幸福論が必要ではないのか?蛸の壷に入るような価値観ではなく。フランス革命の機動力、価値観であり、倫理でもあった、「自由
平等、博愛」は死滅していくのか。 ワイマール憲法がある日、ナチス政権によって骨抜きにされた歴史の教訓を知らないことの危険性。他国のこととは思えない「思考停止」とミーイズム。それをなぜ悪とできようか?「今を生きて、自分と似ている仲間だけで充足する高度経済情報流通社会。」発達を遂げた先進国の幸福度世界55位の幸福貧困率。
リベラリズムとは、単に好き勝手に自由を謳歌することではない筈だ。新自由主義高収入格差社会は、利己的高収入の獲得と消費で幸福の追求が価値となる。障碍者、弱者、人種民族差別、失業と貧困からアメリカンドリームはヘイト社会へと分断社会となる。音楽や芸術もまた利用される歴史的教訓。ナチ、ヒトラーに協力していたリヒャルト・シュトラウスはオペラ「カプリッチョ』を書いて上演されていたのだ。このオペラは詩人と音楽家に愛される伯爵未亡人が主役の大人のオペラであり、詩と音楽と何方が優位であるか、世界のごく一部で芸術至上主義が謳歌されていたのだ。実に同時代にナチス政権がヨーロッパを席巻し、アウシュビッツにガス室に送り込まれたユダヤ人で溢れていた。21世紀の2013年ウィーン国立オペラ座にて、この『カプリッチョ』を指揮しているのが、幼少時にナチスに父を祖母を家族を奪われ、音楽を真剣にするようになるめでは小言葉を発することができなかったマエストロクリストフ・エッシェンバッハであった。
posted by きりん at 02:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月15日

AGNES BALTSA SONGS MY COUNTRY TAUGHT ME     Grammophon

 アグネス・バルツァが祖国ギリシャの歌を歌う。 録音は、アテネ 1985年 11月12〜21日
アテネ・エクスベリメンタル・オーケストラ、 指揮 スタヴロス・ザルハコス、ブズーキ独奏 コスタス・パパブードス 
 ギリシャ語からの日本語訳ではない。欧米ですら現代ギリシャ語をすらすら訳せないのではないかという大意訳者のコメントがついている。 
 「くらがらく」がこの cd を買ってきたのは録音されてから、間もない頃だった。以来クラリネットやシンフォニー、室内楽、古楽を聴く中で、異色の一枚である。 しかし、ミュンヘン、ウィーン、ベルリンはもちろん世界のメゾソプラノとして当時のバルツァの実力名声は、右肩上がりに伝わって来ていたけれど、この 1枚は、mはこよなくお気に入りであった。その後、私のカー・ステレオに入ることとなり、心の友となった。
 現代ギリシャの作曲家ミキス・テオドラキス  マノス・ハジダキス が、作詞作曲をしていて、ギリシャの民族音楽の伝統ブズーキの音色が何とも言えない表現力を高めている。 ロマの娘、17歳で亡くなった郵便配達、5月に家を出てしまった息子を亡くした母、夜汽車が恋人を乗せて行ってしまった夜汽車は何を含んでいるのか? 郵便屋が17歳?日本では殆どいないであろう。 テオドラキス自身捉えられて執筆活動ができなかったという。
 しかし、バルツアは、強烈にまた柔らかく切々と歌い上げる。 

以下 プロフィール
44年生まれ ギリシャ イオニア海 レフスカ島 生まれ
 ブカレスト ジョルジュ・エネスコ国際コンクールに入賞、翌年マリア・カラス奨学金を授与され、バイエルン国立歌劇場併設のオペラ歌手養成クラスで学ぶ。オペラデビューは1968年 フランクフルト国立歌劇場で
クリスト・フォン・ドホナーニ指揮<フィガロの結婚>ケルビーノを、ウィーン国立歌劇場でオクタビアン役で絶賛された。70年ベルリンドイツオペラ 1976年 ミラノスカラ座71年ヒューストン オペラ 76年コペントガーデン 1979年メトロポリタン デビュー 
79年カラヤンと来日 86年 コヴェント・ガーデン=ロイヤルオペラ での妖艶壮絶なカルメンを演唱。

バルツァ わが故郷の歌.jpg
アグネス・バルツァ 2.jpg

posted by きりん at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) |  CD,LP,DVD 鑑賞のひととき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月13日

面白い!93歳。今、この人に共感する私。佐藤愛子語りおろし『それでもこの世は悪くなかった』 

  生のこの方を知らないし、作品も読んでいませんが、亡き母と同世代。腹筋振動で痛快。若い頃30代40代、雑誌対談でも何にもピタッと来るものがなくて、有名詩人作家を家族に持つ女流売れっ子作家という名前と顔しか知らなかったけれど。これも年輪のお陰なのだと合点がいく。この人は女性らしいお稽古事もしないで父親気質を受け継いで、離婚選択して作家修行。いえ再婚した夫の借金返済の為の著述業となる。 方や51歳で夫倒れて否応なく一人で「戦い済んで、夕映え楽章」を迎えている最近の私には「ご自分の為に時間とお金を使われたら」との奨めにも、どうも「???」マークがちらついて、いいかっこはしないが、ムスコ達ムスコ達世代にエールを送って仕事することで望外に役に立ってるらしい笑。社会貢献というとカッコ好すぎで恥じ入るが、音楽が奏られる空間提供、招聘は具体的だから確かな足跡となっている。
 昨日「平井さんは自己評価が厳しい」との言葉を頂戴して、へえっとわらってしまう。
 今年は、ちょっとハードル高くして、期限限定を作っている私。自信があるわけでもないが,コツコツと時間を見て階段を登る私がいる。音楽アートサロンを産んだ親として。
 幼い頃は、引っ込み思案でおまけにこちらは、虚弱体質。母も入退院繰り返して他界したので、共通項はほぼないが、読み進むうちに抱腹絶倒。伴侶運から外れた代わりに見えない宝ものがあることに共感する私。同世代と共感できれば、贅沢な幸運。先達に智恵をいただき、気づいたところは,学ばせてもらい、真似ようとて真似られないところまで生きて来た。
 この方は「よく怒るんですが、要求はしない。だから聞き流しいただいていいんです」ああ,怒ったっていいんだ、人を変えようなんて無理なんだから。いえ怒るのもエネルギー要るから、省エネで。それより悩みガソリンと、ユーモア油を絶やさずして、アクセルゆるりと踏んでまたスタート。ギヤチェンジは口笛吹いてハンドル握って。ブレーキ踏み間違えないで、ブレーキに右足を乗せて。
  一言いいたい「それはあかんぜよ」爽やかにイントロデュースすればいい。 
爽やかな風の季節がやってくる。 

  
佐藤愛子.png

posted by きりん at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常発見つれづれ草 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする