2019年04月04日

 母として。。。。。。。

 くらがらくが教えていた当時の学生さんが、中学から小学校の音楽の先生になっていて、私を慕ってくれている。 
  昨日は、高齢者のための介護不要の生き生き筋肉トレーニングの後に彼女とリコーダーDUOとピアノ演奏を御聞かせして
  拍手をいただく。 高度なクラシックを聴いて耳を肥やしているのに、我が身がするのは、なに?という代物ですが、
   Aさんと二回合わせて人様に喜んでもらえることに、有り難さを感じて楽しい一時。
   冬に戻ったような2、3日から昨日は暖かいので、数人で近くの天竺川の桜を鑑賞。台風の影響がありましたが、生きている桜が
がんばっていること、90歳を越えて元気に歩いておられる方に後から車が来た時にそっと肩に手を添えてお話するのも、有り難いこと。
  Aさんも喜んでスマートフォンで自撮りや2人撮り。
 皆さんは橋のたもとでお帰りだが、服部緑地公園まで足をのばす。 毎年くる植木市も、世代交代が上手くいかないのか、店が少なくなっている。
  沈丁花が一株のこっていたので、買って早速拙宅の庭に植える。3年前に枯れたこの花の苗木は、近くのスーパーの植物コーナーでも
見当たらなくなった沈丁花。薫りがすこし強めだが、だからこそ「いよいよ春ですよ、起きてくださいよ!」春一番の告げる花だ。
  赤の沈丁花を Aちゃんと苔むす松の木の枝が途切れたところに植えた。 
 スコップで堀ると細かい根っ子が土に絡まっている。松の根ではないらしいが、新しく植える沈丁花のために、ハサミで少し取り除き
生存競争にならないように二人で新しい寝床空間を作りました。46歳になり、もうすぐ初孫ができる Aちゃんがえらく喜んでいる。
 私も、だれかと一緒に植樹記念日にできることがとても嬉しい。
  大自慢するような庭ではないが、慈しんでくれる人が増えたことに花も嬉しかろう。
  
休憩ティータイムして、また音楽サロンに戻り、5日コンサートの椅子並べをサービスする。 普通貸しスタジオ、ホールは借りる方がセッティングするけれど演奏の方は少しでもリハーサルしたいでしょうから。 夕食をして。。。。。。。。

車で来た Aちゃん。 習っている謡曲の発表会が5月にあって着物を来て行きたいので着付けをして欲しいとのことで、夕食を食べてから、之が一大イヴェントとなった。着付けるだけでなく、自分でも着れるようになるための基礎、着物襦袢のこと、たたみ方、草履、足袋のことなどをレクチャー&実践。
 着せてあげようと思ったら襦袢に半襟が着いていない、そで口が糸で留めてなくて、しつけ糸だと思って取ったらしい。
  
 それで、自分の半襟を取ってきて縫い付ける。その方法も実践。 
草履を履いたのは、何時の日か? 鼻緒の革がパリパリになって剥がれているところや裂け目が一杯。 
 自分の草履を座敷へ持って来て履かせるとぴったり。貸す事にする。A さんが喜んでるのは言う迄もない。

お互いに笑い合ってほっこりほぐれた。 お母さんもお父さんも60代で亡くなってもう何年もたつ。彼女は40代で両親をなくした。私も20代で母を失った。  A さんは、クラリネットライブをするときは、小学校の先生?と思うような出で立ち。時代が異なるか、ひいてしまいそうであるが
 人懐っこく、邦楽もきちんと習って人生を楽しんでいる性格にも開眼した。
 20代で未亡人になり、お舅姑さんに二人の息子を昼間は育ててもらい、中学校の先生をして、
 8年前にご近所さん同士で再婚。屈託がない、家族関係に、昔のよき村社会が息づいているよう。

 着付けをし終わって、たたみ方を教えて片付けると 1時を回っていた。

 ご主人にこちらの事を好く話していて、理解あるようで安心。「おかあさんのようやな』と言われているそうだ。
  実のお母さんのようにはなれないが、こうして役に立てて、家族のような会話ができるのは、昨日使った部屋も暖まり楽しんだ。
 二人の義理の息子さんも、殆ど実父の思い出がないためか中学で新しいお父さんにも自然に溶け込んだそう。
  ついつい比較する人間。比べないと幸せになれることが多い。

ノワ・アコルデ音楽音楽マンションを31年前に二人で立てて、親御さんの気持になって面接したり引越には祝い、退室には別れを惜しんで
文通を続けている。 
  たまに訪問したり、記念の年には来てもらう付き合いが続いているのも、大家さんと代理母役をしていたことが今の私を支えている。





posted by きりん at 13:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月31日

平成の終りに ドナルド・キーンさん、梅原猛さん 巨星墜つ  

https://www.amazon.co.jp/「スーパー狂言-ムツゴロウ」公演パンフレット:原作:梅原-猛・演出:茂山千之丞・大槻文蔵/dp/B00C76PRHG

メモ程度にでも

 哲学者のイメージを打ち破るマルチタスクの梅原猛さんが他界。
 若い頃、「湖の伝説 三橋節子 愛と生』 日本画画で画家同士の夫に支えられて闘病。若くしてがんで亡くなった
 三橋節子の絵本「湖の伝説」へのオマージュ の評伝を読んだ。
  姪御さんが、チェンバリスト三橋桜子さんである。 法然院での供養コンサートに参列した。パブロ・エスカンデさんとのDUO
 寓然、我が亡夫と命日が同じだった。
 新作狂言 「スーパー狂言ムツゴロウ」大槻能楽堂で鑑賞。 故喜田賦先生のお孫さん・コスタンツァ・ルーフォさんに茂山千五郎(当時)
師を紹介して、彼女は素晴らしい卒論を書いてローマ大学を卒業された。
  ゴルフ場建設会社の社長とその部下は人間国宝故茂山千作翁と息子さんの千五郎(当時)師匠。
  ムツゴロウのリーダーは茂山千之丞師匠で茂山家一門がムツゴロウの怨霊達が社長たちに逆襲
 狂言らしい動く絵本のような楽しいもの。
横尾忠則氏デザインの尾ひれを連想するカラフルな頭巾を皆さんが被っておられたのが印象にのこっている。
ドナルド・キーンさんも。  巨星墜つ
キーンさんも日本文学 研究で海外に広めた功労者で、狂言も習っておられた。
posted by きりん at 12:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月17日

マニエ・ノワール= 一筋一筋と刻まれる長谷川潔のミクロコスモス 

狐と葡萄 長谷川潔.png
長谷川潔 版画家 @.png
長谷川潔 花 レース.png
長谷川潔 版画家 @.png


久しぶりにテレビ 日曜美術館を見たら、版画家長谷川潔作品展が紹介されていた。

藤田嗣治が昨年大回顧展が日本で大きく開催されたが、長谷川潔の大回顧展は、亡くなる年、1980年に自薦大回顧展が東京と京都で開催された。もちろん鑑賞したが、もう39年前で、久しい。

しかし、19世紀末からベルエポック時代のパリに渡り住み制作活動した日本人画家や彫刻家は多いが、フランス文化勲章やシュヴァリエ・ド・ラ・レジオン・ドヌール勲賞も受賞しフランスに骨を埋めた希有な芸術家である。
 フランス国立貨幣・賞版鋳造局で葛飾北斎。藤田嗣治についで日本人画家3人目として肖像浮彫メダルの鋳造されているのである。
 知名度は、この三人の内日本ではおそらく人口に膾炙していない大芸術家である。
北斎は、一度も渡仏していないだろうが、西欧油絵を独自に取り入れたことは近年よく知られてきたが、日本画狩野派とはことなる肉筆画、木版画家としての評価は並大抵ではない。フジタは、日本画、友禅染、工芸などで使われる面相筆の技術と白と墨の黒を想起させる画法と乳白色の女性美の世界を構築して、日本画技法を”輸入”紹介したとも言える。一方長谷川はどうか?
マニエ・ノワールとは、黒の技術。フランス伝統の版画技術が廃れていたのを復活したといわれる。長谷川潔の回顧録では、色々な古い技術書を読みあさったが、肝腎のところが抜け落ちていたり道具がなかったりで苦戦したという。元はオランダで起こったと言われる。彼も初めはエッチングで線描のように描いていく技法だったので、背景は白いママだったが、イギリスの道具を使ったりして、背景を黒のグラデーションへと段々に変化して、絵のモチーフもチェス盤や独楽、円錐形や球体に柔らかい花や藁細工など変幻自在となる。
作品を見た方が早い。
ただマニエ・ノワールを丸写しに復刻したのではなく、斜めに切り込み線を入れて深みを出していく作画法は長谷川潔自身が発明したのだとご本人が書いている。
 想像を絶する孤独な作業出会ったに違いない。驚異的な芸術家なのです。本人もいう。「自分は特に東洋的だとか、西洋の何かを取り入れたとか、そういうつもりで制作して来たのではない。人がもう今の時代は影を描かないから自分も描かないのではなく自分ととことん対峙して出来るものをつくってきたのだと。


posted by きりん at 18:27| Comment(0) | 美の回廊 魂の回廊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チェンバロ調律は誰がする? 

日本チェンバロ協会が発足されて間もないころ、協会の世話人 Kさんから、「大阪でチェンバロの日!を開催したいので、ぜひノワ・アコルデ音楽アートサロンさんで共催でさせていただきたい」と電話があった。一旦は辞退しようと思ったけれど強いご要望で、御請けした。関西と東京名古屋のチェンバリストさん古楽の方が集中してサロンへ来られた。
その経緯は今は省きます。二日間でしたが、子供たちのチェンバロの時間もあり、調律レッスンの時間もあり、レクチャーや連弾演奏もありで、有意義だった。その中で日本では関西では)チェンバロ調律を自分で色々な音律でマスターするレッスンを続けることが、チェンバロの普及、成長に必要なのではないかと強く感じた。 
そこで、2014年春から、ノワ・アコルデ音楽アートサロンで調律レッスンが始まった。 その前にチェンバロレクチャーシリーズで三島郁さんに最後のコーナーに入れてくださったのだが、演奏家が教えるものでもないと実感し、方法を考え、実現したのだった。
 関西で古楽をもっと発展するために、今更大学へはいけないそういう狭間にこそ小さなサロンの役割があるのではないかと自他ともに感じ行動に移した。
  今年2019年2月、そろそろ5周年を迎える。 新しく受講される方を募集しましょ。チェンバロ以外の方もレッスン受講されています。
チェンバロ普及発展のために。。。。。。。
posted by きりん at 16:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする