2017年03月15日

AGNES BALTSA SONGS MY COUNTRY TAUGHT ME     Grammophon

 アグネス・バルツァが祖国ギリシャの歌を歌う。 録音は、アテネ 1985年 11月12〜21日
アテネ・エクスベリメンタル・オーケストラ、 指揮 スタヴロス・ザルハコス、ブズーキ独奏 コスタス・パパブードス 
 ギリシャ語からの日本語訳ではない。欧米ですら現代ギリシャ語をすらすら訳せないのではないかという大意訳者のコメントがついている。 
 「くらがらく」がこの cd を買ってきたのは録音されてから、間もない頃だった。以来クラリネットやシンフォニー、室内楽、古楽を聴く中で、異色の一枚である。 しかし、ミュンヘン、ウィーン、ベルリンはもちろん世界のメゾソプラノとして当時のバルツァの実力名声は、右肩上がりに伝わって来ていたけれど、この 1枚は、mはこよなくお気に入りであった。その後、私のカー・ステレオに入ることとなり、心の友となった。
 現代ギリシャの作曲家ミキス・テオドラキス  マノス・ハジダキス が、作詞作曲をしていて、ギリシャの民族音楽の伝統ブズーキの音色が何とも言えない表現力を高めている。 ロマの娘、17歳で亡くなった郵便配達、5月に家を出てしまった息子を亡くした母、夜汽車が恋人を乗せて行ってしまった夜汽車は何を含んでいるのか? 郵便屋が17歳?日本では殆どいないであろう。 テオドラキス自身捉えられて執筆活動ができなかったという。
 しかし、バルツアは、強烈にまた柔らかく切々と歌い上げる。 

以下 プロフィール
44年生まれ ギリシャ イオニア海 レフスカ島 生まれ
 ブカレスト ジョルジュ・エネスコ国際コンクールに入賞、翌年マリア・カラス奨学金を授与され、バイエルン国立歌劇場併設のオペラ歌手養成クラスで学ぶ。オペラデビューは1968年 フランクフルト国立歌劇場で
クリスト・フォン・ドホナーニ指揮<フィガロの結婚>ケルビーノを、ウィーン国立歌劇場でオクタビアン役で絶賛された。70年ベルリンドイツオペラ 1976年 ミラノスカラ座71年ヒューストン オペラ 76年コペントガーデン 1979年メトロポリタン デビュー 
79年カラヤンと来日 86年 コヴェント・ガーデン=ロイヤルオペラ での妖艶壮絶なカルメンを演唱。

バルツァ わが故郷の歌.jpg
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2016年09月30日

Century Live Collection vol.5  J.Brahms Symphony No.4 in E minor , Op. 98   3th. Feb. 2013 Japan Century Symphony Orchestra Conductor : Kazuhiro Koizumi Guest Concertmauter :Tatsuya Yabe NHk OSAKA HALL

先日、オーディオマニア(この趣味の方に天井がありませんが、私から見るとマニア)の旧友が、壊れたのを見かねてアンプと CD デッキを持って来てもらいました。
ふと出してあった  日本センチュリーライヴCDをいただいたのか、封を切って、ブラームス第4番 ホ短調を聴きました。先日第2番を聴いたばかり。
 音楽学、音楽評論の小味渕 彦之さんの解説に誘われて。。。。。。ブラームス自らこの曲を「酸っぱいサクランボ」 と形容したそうです。 実は、4年前の夏、ウィーンから単独列車に乗ってゼンメリング鉄道の手前、ミュルツツシュラークという極めてローカルな駅を下りてすぐ、この曲を創った彼の館(ブラームス記念館)を訪れているのです。ブラームス(小味渕氏解説より)1884年夏に最初に第2楽章を書いて、翌年の夏(52歳)にの夏に残りの2楽章を書いたそうです。
 センチュリー 四季コンサートは、ライブでは聴いていませんが、マエストロ小泉指揮で、好演です。
残念なことに、我がスピーカーがブックシェルフ型で、低音や細部がダンゴになってしまうところ多く申し訳ない。
 ですが、冒頭ホルンそして、3楽章のオーボエ、クラリネット、フルートなど木管がとても美しく伸びて歌っています。弦も勿論。
ミュルツツシュラーク。。。。。。舌を噛みそうで噛まない名前は懐かしく響きます。一人旅だからこそ、鮮明にのこります。
  小部屋にはテレビ受像器があって、レナード・バーンスタインが4番を振って、勿論ウィーンフィルハーモニーの演奏。 フルートはヴォルフガング・シュルツ、クラリネット ペーター・シュミードル 40代でしたでしょう。 アップで映っているのを、またレニーの指揮、オケをかなりの拝聴していました。
 中央にサロンホールがあり、今でも室内楽ができるよう。他作曲していた部屋には当時のピアノが1台か2台。
 駅のプラットホーム(改札も階段もなにもない)を下りて、歩いて2、3分しますと、お腹がでっぱったブラームスお散歩シルエット看板が出迎える入り口に、正午頃に到着したので、2時間ほどベンチで待っていたことを思い出しながら、 今晩は、JCSOの4番を聴き終えました。私は、この『酸っぱいサクランボ』好きですね。久しぶりですが、しみじみと酸味の効いたのが、合います!
もちろん1番にあげるとするなら、第1番シンフォニーですが。
 ブラームスが聴衆の反応を気にしていたこの渋い4番を2番に上げたい。「食べ難い」とも言ってたそうですが。各楽章それぞれ滋味溢れて。4楽章は、バロックの舞曲パッサカリア(シャコンヌ)も出てきて、最終はドーンと大きい建築そのもの。解説者に感謝。 お休みなさいませ。
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おつまみ 鑑賞 カール・ズスケ&クルト・マズア指揮 ゲヴァントハウス管弦楽団 ベートーヴェン ピアノ協奏曲 ニ長調 ゲヴァントハウス SQ&仲道郁代(PF)

 先日、世界最古の弦楽四重奏団 ゲヴァントハウス SQと仲道郁代 シューマン ピアノ五重奏を聴いて
セカンドヴァイオリン奏者がコンラート・ズスケ、、、、。 
カール・ズスケってヴァイオリン奏者の名前が記憶から甦る。カール・ズスケ弦楽四重奏団。探すと何でも YOUTUBE で聴けますね。
  一楽章だけですが、ベートーヴェンただ一つのヴァイオリン協奏曲に、疲れを癒してもらえます。
 美しいソロで、力強く伸びて、いい残響。今風にいうと「胸キュン」です。
グルミオーのも聴けました。

先日生で聴いたゲヴァントハウス SQは、 ベートーヴェンのカルテットはなくて、プログラム好みとしては、ちょっと残念。 ドイツものにしてほしかった。ハイドンの「ひばり」 ドヴォルジャークの「アメリカ」
 最後のシューマン ピアノ五重奏 仲道さんは、ピアノを押さえて、カルテットに寄り添うような演奏で、がんがん弾くのではないこれぞ室内楽と感じた。当時は、フォルテピアノが進化していたころですから。
仲道さんはフォルテピアノでも有田正広さんと録音もされてるから、そういう解釈と演奏が自然なのですね。
  セカンドヴァイオリンの コンラート・ズスケは、係累の方なのでしょうか?
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posted by きりん at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) |  CD,LP,DVD 鑑賞のひととき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする