2017年11月10日

ノヴェンバーステップス /北斎とお栄 創造の海にて  ノヴェンバーステップス  北斎とお栄 創造の海にて 

11月9日は、ニューヨークフィルハーモニー×小澤征爾で「ノヴェンバーステップス」が楽団創立125周年記念に演奏された日。1967年。
我がアーカイヴから1969年4月16日大阪国際フェスティバルに初来日したまだ20代の小澤征爾さん率いるトロント交響楽団のプログラムが出現。 故黒田恭一氏の武満作品「ノヴェンバーステップス」への当意即妙の文章も際立っている。
タイトルは「日本の現代音楽」の中の一つとしてのこの曲。
邦楽器として琵琶と尺八を取り入れた武満は、一番泰西への憧れと一番それとの拮抗を意識したであろう中で、武満自身、「西洋の音楽は横に流れていくが、尺八は竹のように垂直に立ち上がる」という意味のことを語っています。
安易に、西欧と和の融合とかメチエの貼付けを目標にしていたのでもなかったのです。一方氏は作品演奏前の立ち会いにはドビュッシーの楽譜を手にもっていたという逸話もあります。創造のミューズを導くに、創造者は、夫々の創造の扉の側に、また入口の鍵を持っているもの。ドビュッシーは、北斎の三浦沖の大波に触発されて「ラ・メール」を生み出したことは有名。
  反対に日常、風習の違いは琵琶と尺八二人の奏者が紋付袴であっただけでステロタイプな爆笑が起こり、リハーサル前に二人のソロやカデンツァ演奏を楽団員に聴いてもらうだけの工夫を小澤氏の機知で外見の違和感を払拭。逆転成功に導かれた苦心も。もちろん曲そのものと二人の名人技によるものであるけれど。ニューヨークフィル創立125周年記念委嘱作品として本拠地でレナートバーンスタインにも「何と強い力の音楽か」と絶賛され、すぐにトロント交響と小澤で演奏と録音(メシアンのトゥランガリア交響曲とカップリングでリリース)して成功をおさめ、70年の大阪千里万博1970年を前に、氏は鉄鋼館での企画を任されて世界的に広く「TAKEMITSU」が知られることになり、 OZAWA による、その凱旋公演が大阪フェスティバルと東京文化会館で上演。その後日本国内では、サイトウキネンオケや他のオケ、小澤氏、そして存命中だった鶴田氏と横山氏との演奏は国内外で500回にも及ぶという。その後ジャズ的な奏法を取り入れて不評を買って後続の演奏がないという。しかし二人の天才名人を超える、後を継ぐ奏者が出現しないとは、このまま埋もれていくのでしょうか?
 「日本の現代音楽」は当時でも盛んであったので、この辺りを黎明期と呼ぶなら、今は何と呼ぶのか、安易に答えは見つからないでしょう。
 話しは変わりますが、昨日8日は、日本で一番高い建物という、大阪のあべのハルカスの美術館で公開中の「北斎」展を見た。大英博物館、ボストン美術館、大阪市立天王寺美術館、太田美術館などや個人所蔵が集結した作品群である。1000分の1、2000分の1秒のシャッター速度で見ると大波の波先は鋭い爪が現れたのです。天才北斎は肉眼でそれを表現したのは当然とも想い、波の音、風の音、樹の音森羅万象に強く細やかな触角を持つ作曲家とも共通します。
  余談ながら、6日から展示替えされいる娘お栄=応為のあの作品。吉原店先格子を結界にした夜の人物構成と提灯の明暗と表現力を間近で見ることができた。父の北斎自ら「お栄の美人画は自分より上手い」と言わしめたほどの才を持っていて気共同制作とわざわざ言わなくてもお栄の筆が父を助けたと想像できそう。今回は、日本画、浮世絵でありながら、シーボルト達オランダから持ち込まれる泰西画は用意にみることができ、風景には遠近法、顔や四肢には影を付けて立体感をなに食わぬ顔をして、本邦画材で、取り込み描き込む北斎・お栄という市井画家の創造神に感服したのでした。
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posted by きりん at 03:28| Comment(0) | 美の回廊 魂の回廊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

封印を解いて=辻邦生  ムフタール街やデカルト街界隈を『歩いた。』『この方』と。

  小説を片っ端から読むタイプではない私のわが永遠の作家辻邦生。心底に沈んだこの作家の文章から浮き上がるパリの情景やイタリアを車で疾走する彼の映像が涌き上がります。著書『永遠の書架に立ちて』。小説家 とくに古今東西の芸術家を主人公とした歴史的背景を岩盤にして、登場人物が文楽の太夫によって命が吹込まれたように動き出すように、氏の香しく流麗な文体、一枚の絵画の肖像から眺望へと私の心臓を見透かすかのようにぐいぐいと引っ張っていく「十二の肖像画」や『デルフトの眺め(眺望)』。エッセイ群、小説『安土往還記」『嵯峨野明月記』初期作品の『夏の砦』「回廊にて』は、日本の作家テーマと大きく離れているかと思えば、信長、光悦、光琳、宗達など安土桃山から江戸初期の画人、デザイナー、プロデューサーを活写する。とにかく筆をペンを置く事がない生活、自動的にペンの先から、美しい風景、歴史的人物の暗闇、見事な芸術作品や料紙に書かれた言霊に金箔尽くし。 しかし、ただ豪華なブランド志向趣味ではなくて、庶民が暮すパリの下町に自炊し、日本の平安時代にも筆は向けられていたのだ。
フランス文学者であり、旅行記、エッセイ、映画評論?エッセイ 美術評論等等。博覧強記の人であり、レイモンド・ブリッグスの絵本『さむがりやのサンタ』に狂喜し、楽しみ、書斎のとなりに大きなぬいぐるみのくまさんを収集するという”坊や”でもあり、パリソルボンヌ大学で「日本文化」の教鞭をとった学者でもありました。
書けば尽きせぬことなので、今宵はこの辺で。
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posted by きりん at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 美の回廊 魂の回廊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月10日

「ハイドン大学」 聴講 

「ハイドン大学」へ聴講に行きました。 「大学」って? これは、首席指揮者飯森範親さんと日本センチュリー交響楽団そして、たまにソロゲスト奏者参加で、ハイドンのシンフォニーとハイドンに影響を受けた作曲家の作品を織り交ぜて、8年或はそれ以上かけて完走しようという「ハイドンマラソン」シリーズ企画のプレ講義のことなのです。同楽団プログラム解説などでおなじみの音楽評論の小味渕彦之さんが講師。評論というと堅いイメージがありますが、意外な切り口が見え隠れして、連想が興味深いので、生の講演を聞きたいものと思っていました。
 10人少しの参加でしたが、みなさんクラシック音楽を長年聴かれているシニアの方が殆ど。
 いきなり故柴田南雄さんの交響曲「ゆく河の流れは絶えずして」昭和50年 中日新聞社委嘱作品 
  今年生誕100年。ちょうど半世紀前に作られた曲。仏教より来た無常観の最たる「方丈記」の冒頭をタイトルにした曲の2楽章を少し聴いて、ウィーン古典派を連想する箇所が見え隠れハイドンシンフォニーをパロディにしたようで意外でした。
 日本人が西洋クラシック音楽に目覚めて追いかけて来て昭和50年の頃、メタ・ミュージック(音楽史をテーマにした音楽)というジャンルを取り入れて作曲したとのこと。
  朝比奈隆氏のハイドン交響曲全曲演奏を試みた記録と挫折。その要因として当時の状況。
  カザルスホールでの新日本フィルハーモニー演奏。毎回指揮者を招聘。
1988年から始まって1991年までの指揮者記録に朝比奈隆氏も再度登場して、氏のアンコール前の長いスピーチ録音は、聴衆のどっと笑いもうかがえた挫折エピソード。
  最後に、ウィーン楽友協会大ホールにて、バーンスタイン指揮ウィーンフィルの88番「V字」をアンコールに4楽章を〇で「指揮」する映像を紹介。長年如何にウィーンフィルと相性よかったかが実証される演奏シーン。 YOUTUBE  で見られます。巨匠のお茶目ぶりと○○○○だからこそできる魅力、面白さを再発見した楽しい講座でした。 「主題労作」というドイツ語からの訳語も面白い。 古典の魅力=ハイドンの魅力 
 心身をバランスよくハッピーに導く。しかしながら曲が沢山だから、全曲演奏は並ではない企画。聴く方も気を長く持って、一曲一曲愉しむ音楽として聴けることを願っております。
この辺で。
    講師に乾杯! 

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posted by きりん at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 美の回廊 魂の回廊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする