2017年03月26日

関口知宏 ヨーロッパ鉄道の旅 クロアチア編 回想 スタジオで 「考えない」「考えすぎない」のが流行の社会は果して?

悩む事が何かただ暗いマイナス思考なのか? 自分の事だけでなく、現代社会は、1200年前の社会よりもずっと複雑で共通の悩みや危険性を共有している。
その最大は、地域紛争。民族対立戦争と難民、領土問題。核兵器、原発、テロ、地球温暖化による異常気象。生態系の破壊。農薬、公害による魚介、畜産物の汚染。 グローバル時代の資本主義。投資株価の高低差による長者になる可能性と反対に経済破綻の可能性。
貴族社会の摂関政治と皇太子出産にまつわる物語が文学となった社会と現代では、職業の選択枝が極めて異なる。
 少子化と未曾有の生きなければならない高齢化社会。寝たきりでは理想とはかけ離れた最期をどう迎えるか。
今を生きるとは?20世紀の老齢化社会とは異なる家族、「無縁」社会に、オカルトではない、知性と倫理、便利であること=自由とごまかされていく社会に哲学を再構築しないのか?人はその人に添う幸福論が必要ではないのか?蛸の壷に入るような価値観ではなく。フランス革命の機動力、価値観であり、倫理でもあった、「自由
平等、博愛」は死滅していくのか。 ワイマール憲法がある日、ナチス政権によって骨抜きにされた歴史の教訓を知らないことの危険性。他国のこととは思えない「思考停止」とミーイズム。それをなぜ悪とできようか?「今を生きて、自分と似ている仲間だけで充足する高度経済情報流通社会。」発達を遂げた先進国の幸福度世界55位の幸福貧困率。
リベラリズムとは、単に好き勝手に自由を謳歌することではない筈だ。新自由主義高収入格差社会は、利己的高収入の獲得と消費で幸福の追求が価値となる。障碍者、弱者、人種民族差別、失業と貧困からアメリカンドリームはヘイト社会へと分断社会となる。音楽や芸術もまた利用される歴史的教訓。ナチ、ヒトラーに協力していたリヒャルト・シュトラウスはオペラ「カプリッチョ』を書いて上演されていたのだ。このオペラは詩人と音楽家に愛される伯爵未亡人が主役の大人のオペラであり、詩と音楽と何方が優位であるか、世界のごく一部で芸術至上主義が謳歌されていたのだ。実に同時代にナチス政権がヨーロッパを席巻し、アウシュビッツにガス室に送り込まれたユダヤ人で溢れていた。21世紀の2013年ウィーン国立オペラ座にて、この『カプリッチョ』を指揮しているのが、幼少時にナチスに父を祖母を家族を奪われ、音楽を真剣にするようになるめでは小言葉を発することができなかったマエストロクリストフ・エッシェンバッハであった。
posted by きりん at 02:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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