2016年07月29日

生誕300年記念 フェルメールと共通するこの画家に会いに行く

いきなり、申し訳ありませんが、「ジャクチュージャクチュー」と東京では、大変だったそうで。
 
1716年生まれ1800年没 享年84歳  この間にモーツアルトが生まれ没していたのですが、日本は
江戸中期。天下太平。大坂商人の中には、木村蒹葭堂という大商人で破格の博学、文化人が輩出。画家などとの交流で文化サロンが出来ていたという。京都でも、伝統の狩野派だけでなく、太平の世の中では、本流から外れた異端をも認めるという自由性が普通になりだした。
 その中でひときわ自分の個性と技法を打ち出したのが、錦小路の市場内の青物商「桝屋」の伊藤家の長男でした。
40歳で家督を次男に譲って、絵で食べる職業とする必要もなく、極上の絵の具を惜しげもなく使い、題材もオランダ船から荷揚げされた珍種の動植物までをも、変幻自由な境地に立って制作を続けていたのですね。現代20世紀から21世紀初め、つまり少しまえまでは、異端とも奇才とも冠につけられていました。彼が活躍した時代、京都平安人物史では、丸山応挙初め5指の中に入るほどに認められていたのです。もちろん画風は大変ユニークと思われながらも。四国金比羅宮での寄進画(襖絵などもまた絶品)が証明。
 その彼の作品を見続けて、40数年。歳月だけは長いですが、やはりこの時間だけはかけがえないかと存じます。

相国寺は彼に取って大切な寺。70歳で30幅の「動植彩絵」を寄進者として制作。3幅の釈迦三尊は、直筆作品と再会。
前者は、実際には明治の廃仏毀釈の難を逃れるために30幅をそっくり皇居へ寄贈していますので、今回は
日本ならではの印刷技術「コロタイプ印刷」でコピーとは思えない真筆そのもののような同30幅を
長蛇の列もなく、ゆっくりと鑑賞しました。見る価値あり。その後細見美術館所蔵の水墨画大半と着色画
も、かなりおなじみになっている仔犬と帚と鼠の婚礼宴会など可愛いテーマや特異の群鶏図でも、墨のみの特性を活かした屏風、軸物の秀逸作品。一気描きの頂点を超える彼の技術の根底には、人間の男女家族をも擬人化したというと語弊があるかもしれませんが、鶏の世界でもかと思わせるユーモアの精神が宿ております。一気描きは達磨などよくありますが、こまめに動く鶏のアクロバティックな姿態と羽の色分け、質感まで描くこのワクワク感!
 景和・若冲・斗米庵と対話しました。
CCE20160729_2.jpeg

 
posted by きりん at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 美の回廊 魂の回廊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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