2018年12月01日

我が町TOYONAKAに、若手実力派であり、次代のクラシック界を担うトリオ来演 アンドレアス・オッテンザマー、郷古 廉、ホセ・ガヤルド

冒頭に書いてしまいましたが、大阪には、日本有数の音響のよいザ・シンフォニーホール、いずみホール、フェスティバルホールがありますが、そのフェスと同じ「日建設計」設計の豊中市文化芸術センター大ホール(1300席)で聴きました。
大阪梅田から約20分。曽根駅下車で直ぐ茶系のスタイリッシュな大小ホールやギャラリー、会議室、和室を持つセンターが見えてきます。
 豊中市は大阪関西の北の玄関である大阪空港が伊丹市と分かち合っています。そしてホール二階には大きな素敵な木製床のデッキがあります。杮落しには開放されました。そこから飛行機の離陸、着陸が、目の前には小豆色の阪急電車が走る素敵なロケーションです。昼公演ではせめて休憩時にデッキをオープン希望を申し入れしているほどです。演奏者もリハーサルの休憩時に、眺めればきっと利便性高いホールとして再来演したいとおもうのではないでしょうか?
 さて、素晴らしいこのトリオ。 昨年、スイス1600年中期に創立したヴィンタートール・オーケストラとの共演、カール・フィリップ・シュターミッツやダンツイを吹き指揮して、クラリネットのイメージを変える程の圧倒的演奏をしたベルリンフィル首席、ソリストアンドレアス・オッテンザマーを聴いてもうノックアウトされて、わが町に来てくれるので行かないわけがないでしょう。
  いきなりドビュッシーで始まりました。クラリネットの為の第一狂詩曲L116。 この人の演奏するスタイルは、体全体がクラリネットと自然に有機的に繋がっていると言えます。アインザッツのとき、細かなパッセージのとき、アタックなど大きく拡げた長く細い脚と足が、バランスよくしなり、全然嫌みにみえないでそれがクラリネットの音楽として聴こえてくるのです。あるクラリネットの方でただゆするばかりの演奏に閉口したころがあります。緊張しないように吹きながら柔らかく放される指もしなやかで、クラリネットが固いエボニーの筒のようには見えないのです。
  郷古さんはウィーンで研鑽し、柔らかく且つ超絶的テクニックを持つ若手ソリストですが、ふと気がつくとアンドレアスの奏法は、ヴァイオリンを弾いてるようだと思うシーンが何度もありました。
 最後のコーダで終わるとき、片手で軽々とクラリネットを高くあげるところは、ヴァイオリニストやヴィオラ奏者の弓を高くあげるときのようです。
昨年、吹き指揮をしたときも、クラリネットが指揮棒に早変わりしていましたから。
楽譜から遠く離れて、顔を横向けても吹きこなす奏法で、譜めくるときはしっかり見てるのだっと感心します。
 前半3番目にトリオ プーランク:『城への招待』 FP 138
    プーランクは、フランスパリのエスプリと言われる独特の機智に富んだメロディーやリズムで年々発見があり、益々関心を寄せたくなる作曲家です。 後半になるほど、その面白みが出て、ルンバのようにスイングしたり踊りだしたくなる程です。
  郷古さんとアンドレアスが、互いに顔を見合って、笑顔で目と目でコンタクト取っていますし、音楽の即興的スイングで思わずこちらも笑顔になり、嬉しい!の高揚感。 でもクラシックを聴くホールは、聴衆がちょっとでも動いたり、スイングしたり笑顔を見せるのは不謹慎なのでしょうか? 先日いずみホールの「古楽最前線』シリーズで、会場でよくあう音楽通の方と居酒屋さんで話していてるとお一人が「なんでウィンナワルツやジャズ見たいにスイングして演奏してるときに日本では、じっとしてなあかんねん?」「ぼくら肩うごいてるで〜』だったのをきいて「同感!」でした。例えばゴルトベルク変奏曲など、休み無しの時等は、咳ひとつない静寂でよいですし。フライングブラボーは、ご遠慮ねがいたいですが。

 後半 vn, 郷古さんとpfガヤルドさんで バルトークのおなじみのルーマニア民族舞曲。

 ブラームス クラリネットソナタ 6つの小品から
       同じく       5つの歌曲 歌はしらべのように
          以外とブラームス特有の悲哀のしらべではなく、青春の恋のような明るいもの。

 レオ・ヴェイネル :2つの楽章 オッテンザマー&ホセ・ガヤルド 

に次いで

 バルトーク:コンストラスツ  

オッテンザマーが他のホールでの プラグラムノートで書いているように、今回は、プーランクとこのコントラスツが柱となっている。

ヨーゼフ・シゲティが、亡命後、ヨーロッパでの地位も評価されず、経済的にもこまっていたバルトークを助けようと、ベニー・グッドマンに声をかけ、バルトークがピアノ演奏する曲を書いて全米ツアーを試みて成功したのが、この曲。
オーストリアとハンガリーの家系であるアンドレアスがこれをプログラミングしたのは、かなりの思い入れと幼少から聴いて育ったに違いないと思うのですが、如何に?

 いや〜 前半でも圧倒的で、また郷古や盟友ガヤルドと遊んでいるようなプーランクでしたが、後半
 コントラスツも、今迄聴いた事がないハイテクトリオ。小さい頃からスゴイ音源と環境音楽になじむ21世紀人は、どこ迄進化するのかと思いながら聴いていました。
  第一楽章 ヴルグンコシュ 第二楽章 ピヘネー 休息 第3楽章 シェベシュ 速い踊り 
  第3楽章で ヴァイオリンは、調子の外れた調弦とものと取り替えて演奏するので、椅子に予め置かれていて、
    クラリネットも A 管からB♭管へ持ち替える仕掛けで、早業だらけを郷古とアンドレアスが、これでもかこれでもかと
  丁々発止の対決であり、対比=コントラスツを楽しみ、ピアノもエキサイトしながら、メロディではなく、民族ダンスなのだ。




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posted by きりん at 01:34| Comment(0) | コンサート聴き歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする