2018年11月25日

エスペリオン XXI  ジョルディ・サヴァルを聴く 〜古楽のレジェンド スペイン黄金世紀の舞曲〜 2018年11月25日伊丹 アイフォニックホール

CCE20181125_4.jpeg
CCE20181125_3.jpeg
サヴァル プログラム.png

ヴィオラ・ダ・ガンバ演奏だけでなく、スペイン古楽の神様と言われるジョルディ・サヴァルのアンサンブルエスペリオン XXI を伊丹アイフォニックホール L2階そで側で聴いた。同時間開催のあるピアノリサイタルを譲って。ノワ・アコルデサロンオーナーとしては、日本の古楽、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の第一人者である、平尾雅子さんがサヴァルのお弟子であり、氏がディエゴ・オルティスの「変奏論』を翻訳された直後、サロン開設5周年記念に、その翻訳出版記念と併せて、平尾さんと山岡重治さん(リコーダー)、チェンバロの故芝崎久美子さんを御招きして、ワークショップ、「変奏論」レクチャーコンサートをしていただいたので、これは、行かなくてはならない公演であった。  大阪の I ホールで、「サヴァルをよくごぞんじなら、行かれるべきではないか」と誘ってくださった方(オーケストラでよくお会いする方で、今回いずみH”古楽最前線シリーズ”『リアス合唱団とカペラ・デラ・トゥールのマリアの夕べの祈り』でバッタリであった)は「なんで Iホールでなく、伊丹?』というご意見であったが、諸々の事情があったのであろう。久しぶりの円形ホールで聴いた。
それもサヴァルの左手が上からよく見える極上の席だった。 

サヴァル弟子のファミ・アルカイのアンサンブルは、3本のガンバとバロックギター、そしてチェンバロという編成だったが、
こちらは、トレブルとバスヴィオール、バロックギター、スペインバロックハープ、座演奏のヴィオローネ(ほぼバスガンバと同じ位の大きさ)そしてパーカッション(肩にかけてたたく太鼓、カスタネット、鈴、股に挟んでたたく小太鼓、タンバリンなど ルネサンスからあるもの)
プログラム 前半は、カルロス1世時代(1500ー58) 
 オルティス 2つ  フォリア 作者不詳 即興 2つ ギター曲 (ハラカス、フォリア、カナリオ)
などで、バスガンバ(ヴィオール)とトレブルガンバをほぼ交互に演奏すサヴァールは、終始体勢を静かに保ち、修道士のようだ。譜面付。
フォリア、パッサメッツォなどイタリアやスペインで好まれた固執低音の反復で、即興的に変奏していくサヴァールをギター、ヴィオローネが支える。 バロックハープは背の高い演奏者の目の辺りまであり、もちろん現代グランドハープのようなペダルがないので終始立ち演奏。高音のピチカート演奏の響きが実に美しい。グリーンスリーヴズも演奏された。
  後半
  フェリペ二世時代

  新世界ペルーの民族音楽からとられたのであろうか。カチュア・セラニータ 即興 など南米ものが含まれる

   カペソンの フォリア  ハープソロのファンダンゴ 

   「無原罪の懐胎(世の人こぞりて)」は、ゆったりとパーカッションの拍子木や鈴が受胎の安寧を祈るかのようだった。
  最終から二番目のカナリオ(即興)は、トレブルヴイオールで、サヴァ−ルの左手指の的確さ、右手のアンダーハンドに持つ弓さばきの速さに衰えはなく素晴らしい。澄み切った高音はヴァイオリンのように指板を滑走。
 またバスヴィオールの右手弓をアンダーに持ちながらたたく奏法があったが、それもただ無造作に打ち付けているように一瞬見えたが、左手は
和音であり、それに的確にタップしていたのだった!
  いずみホールの”古楽最前線”初日と「聖母マリアの夕べの祈り」で聴いた カペレ・デ・ラ・トゥールのパッカションも軽く見事に情景を表現するといってよい位に絶妙のリズム感覚だ。日本では古楽パーカションパート編成アンサンブルが少ないのはなぜだろうか。ふと思ってしまった。
 余談だが昨年豊中文化芸術センター小ホールでカウンターテナーとリュートと奈良ご出身のパーカッションの方のトリオを聴いた。その方は一人でコンサートができるという。
 駅で、87歳で南北極とアフリカ大陸以外全て行った(主にコンサート旅行)という女性に声をかけていただき、ご一緒にホールまで。音楽家のことが互いに次々でてきて、自己紹介でサロンをしていると言うと、喜んで興味を持っていただけたのである。
  12月1月のサロンコンサートされる方々のチラシをそっとお出しする習性が甦ったのである。もちろん営利仕事でなく無報酬です。サロンのことを知りたいと言われたので押しつけではないことは確かです。(笑)
 サロンに帰れば、み帆さんとバロックヴァイオリンのKさんがリハーサル終盤で、聴く事ができた。
 関西の古楽界、演奏家、ファンの方の顔ぶれが多くみられたが、今度サロンでされる OさんNさん以外にもサロンコンサートをされた時に受付されていた方にも和やかに声をかけていただいた。
  

  

posted by きりん at 20:03| Comment(0) | コンサート聴き歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月23日

 マリス・ヤンソンス マーラー感染症罹病の為 第7番「夜の歌』お預け → ズービン・メータ 第1番ニ長調 『巨人』モーツァルト 第41番ハ長調『ジュピター』 バイエルン放送交響楽団  

名称未設定.png
CCE20181123_4.jpeg
CCE20181123_6.jpeg
タイトルにしたように ヤンソンス 「夜の歌」を次回聴きたいので。
 名匠 ズービン・メータが杖で介添人とともに登場された。 着座で指揮である。バレンボイムより年齢が上だったのだ。感慨深い。生演奏を聴くのが今であることを。
 まさかのアンコールにドヴォルジャーク『スラブ舞曲 第8番』
  五島みどりニューヨークッデビューの指揮がたしかズービン・メータでなかったでしょうか?わかきマエストロメータの😍が思い出されます。 
  こちらも、病み上がりの身体でピンチヒッターに来日演奏5日間 プログラム4種類というから、驚異的です。 

ジュピーター は、  VN1 VN2   対面型 コントラバス2台下手左手  ティンパニーは、モダンだと思いますが、二台をもちろん一人で
  兵庫芸文 4階(会場は5階席)まであるホールで、この古典様式の編成では、ティンパニーがこもってしまうのが残念。
  バイエルン放送オケの柔らかいサウンドで、ギリシャ神話の最高の神に相応しい曲想を奏でていました。メータの指揮は、終始過激に膨らませる事なくでしたが、 第4楽章 ドーレーファーミの主音型
バイエルン放送 ズービン・メータ.png
バイエルン放送 ズービン・メータ.png
が多重フーガによってトランペットが見事に天空へと導きます。 
 「巨人」ビハインドステージからのトランペットの序章で美しく始まり、フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴットの美しい音色に魅了されて、ホルン、トランペット トロンボーン 金管群の華やかな登場。第二楽章(花の楽章)が付いていて、この曲一番のエレガントさをバイエルン×メータ指揮で十分に表現。 
4楽章のコントラバスの動物の葬列の戯画が織り込まれていて、金管ホルンとトランペットのせめぎあうような雄叫びクラリネット、フルート、オーボエの鳥のなく表現が繰り返されて第5楽章で初めて第一ヴァイオリンが、ロマンティックな美しい慈悲的なメロディーを歌う。 3、4、5は人生苦悩の連続のように今日は聴こえてしまった。それでも最後は自分の人生の勝利、カタルシスを招いて終わる。


会場はマエストロメータへの割れんばかりの拍手で、私もマエストロへの敬意を表すにはこれしかないと両手を顔の前にあげていたしました。😍 遠い3階席から。 
  

posted by きりん at 23:56| Comment(0) | コンサート聴き歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月11日

11月の階梯 CD 武満徹 小澤征爾 サイトウキネンオーケストラ 

探していた CD が見つかった。丁度2018年11月9日!
    奇しくも1967年11月9日 ニューヨークフィルハーモニー創立125周年記念委嘱作品で、祝賀コンサートに
     リンカーンセンター フィルハーモニック・ホールで初演された日とは。独奏は下記 尺八 と琵琶 
         指揮は小澤征爾 ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団  が初演
  以下の 手元にあるCDは サイトウキネンオーケストラ 武満のヴィオラ協奏曲  
  PHILIPS  B TAKEMITSU VIOLA CONCERT <A STRING AROUND AUTUMN > NOBUKO IMAI 16:04
1990年8月14日15日   ベルリン シャウシュピールハウス にて 録音
@ TAKEMITSU <NOVENBER SUTEPS > 18:56 KATSUYA YOKOTA (横山 勝也)尺八  KINSHI TSURUTA (琵琶) SAITO KINEN ORCHESTRA SEIJI OZAWA  1989年 9月15日 ベルリン イエス・キリスト教会 
A TAKEMITSU <ECLIPSE >  (蝕)10:46    FOR SHAKUHACHI AND BIWA  
                 1990年8月14日15日   ベルリン シャウシュピールハウス にて AとB録音



そして、実際に聴いたのは、小澤征爾指揮1969年だったか、大阪国際フェスティバルシリーズで、旧フェスティバルホールにて
   4月16日 トロント交響楽団を引連れて凱旋公演であった。
 もちろん独奏は 尺八 横山勝也 琵琶 鶴田錦史  
    CD で聴くと この録音では、18分56秒。生演奏では、もっと長かった印象がある。 
 それはさておき、10日土曜日と今日帰宅してまた聴いた。
   武満の言葉: 2群に分けられた小編成のオーケストラは、幾重もの花弁(ペダル)として、琵琶。尺八を含んでいる。曲は
          区切りなく演奏される11の並列された段(ステップス)からなっているが、ここでもそれらの境界は相互に浸透しあい曖昧である。
 起源を持った語法と新しい音響形態が、音空間を多層にする。


  これを脳裏に入れて聴いたのではない。これを読んで音が沸き上るのではないから。今は無用。


  尺八という邦楽器は、その名手にかかれば、なんと多様で物理的にも一本で何種類の楽器を奏しているのでは?と錯覚しそうである。
”めりかり”(ポルタメント)”ゆり”奏法など変幻自在である。高音は、能の竜笛のようで、風の音や木々の摩擦音であったり、また低音は、太い水門から叩きだされたような水の弾きを表現する。というか、聴き手の想像力によって千変万化していくと言ってよいかもしれない。
  尺八の呻吟に寄り添うのか、それとも追手のように風雲急を告げる琵琶の強烈なバチさばきは、それ以上で、乾いて大樹の燃え上がる炎の音となる。
 壮大な景色や空気つまり宇宙の四元素、古代ギリシャ時代の森羅万象を形作るものとして考えられてきた(水、気、火、地)に通ずるものであろう。
  横山勝也と鶴田錦史というこの名手の独奏は、鬼気迫り、また垂直に涌き立つ元素の爆発である。
   2つの群に別れる小編成のオーケストラがに受け渡されて、一部の打楽器以外は西洋弦楽器、ハープ、木管、金管楽器が使用されておりながら平均率の西洋の音階ではなくしても、全く無機質な12音技法とは別世界に聴くものには感じられる。
 そうではない。二人の表現者が宇宙空間を拡げ、またオーケストラを駆使する武満の『「音」が「沈黙」と計り合える』コンクレートなのだ。
 ハープや木管、弦、打楽器から、突然暗闇から大伽藍が崩れおちるような不可視から可視の世界が表れるのだから。
  感動といっていいのか、西洋の旋律、リズムから生まれる感動とは全く異なるものに、胸と涙腺が刺激されてしまった。

本 CD の2番目のトラックが、尺八と琵琶だけの 「エクリプス」だが、これはノーヴェンバーステップスがニューヨークフィルから委嘱される前に書かれた作品でこれが続いて演奏されても全く自然である。深い洞察と表現力はオーケストラ付の11の階梯と遜色ない。
3番目は、今井信子のヴィオラソロとオーケストラで、邦楽楽器とは画材が違うと言ってよいだろうか?聴きこんでいないので安易にいうのは躊躇されるが、異なる材質の持つ味や匂いから来るもの手触りだろうか? より滑らかな絹のように磨かれた武満作品。 

  
この今は亡き二人を越える再演がなされない現状であるので、N響と岩城宏之指揮のノーヴェンバー・ステップス(尺八と琵琶横山と鶴田)と共に、
サイトウキネン オーケストラ 小澤征爾指揮は、素晴らしい名演だと思う。
  武満のエッセイ 「音、沈黙と測り合える程に』バッハのオルガン曲の壮大なスケールと計り合える程にこの18:56分の中に
 凝縮されていると感じた2018年11月11日であった。 
此の日の午後は、いずみホール独自企画 古楽最前線 躍動するバロック 3日目 第三回 スペイン再発見と題して、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者 ファミ・アルカイとアカデミア・デル・ピアチェーレ ガンバ二挺とバロックギター、チェンバロの編成
 で、ファミ・アルカイがオリジナルを編曲した曲が休憩もなしに奏され、中でも、ファミ・アルカイが古民謡の主題を基に変奏曲を仕上げたディフェレンシアス(変奏曲)は、日本の箏曲「六段」もこの形式によって書かれていると、鈴木淳史氏の曲目解説から発見する。
 古今東西日本独自と思っていたものが国際様式の1つであること。目からうろこである。いつも定説と言われているものを疑う。違う角度から凝視することが世紀の発見、創造につながるのだ。







武満 小澤 サイトウキネンオーケストラ.png
IMG_7794-thumbnail2.JPG
FullSizeRender-2-d50ae-thumbnail2.jpg
FullSizeRender-901d0-thumbnail2.jpg
posted by きりん at 20:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする