2018年09月30日

 〜今の作曲家のチェンバロ作品リサイタルを開く〜 染田真実子 東京と大阪公演 

 ストラスブール音楽院で学んだチェンバロの染田真実子さんが、ノワ・アコルデを選んでオール現代作曲家委嘱作品のリサイタルです。
いつも現代曲を入れている真実子さんは日本チェンバロ協会会員ですが、帰国後すぐに招聘されて演奏しています。
今回も近江楽堂とノワ・アコルデ音楽アートサロンで。
またサロンが結ぶいい出逢いがありました。昨年、ルツエルン国際音楽祭現代アカデミー(ピエール・ブーレーズ提唱)で招聘参加で出会った
メンバーレン・アンサンブルが選んだ作曲家桑原ゆうさんの曲を聴いてまたサロン打ち上げパーティで共感して委嘱作品が生まれました。
お二人とも初演をとても楽しみにしていて、桑原さんから平井へ「ぜひ大阪公演に行きます!」と喜んでくださっています。架け橋がまたできていました(😊)
市民社会になってもベートーヴェンもシューベルトも、ブラームスも殆ど作曲をしたら、何年も経たずにすぐにサロンやステージで演奏されていましたことを思えば、現代の作品を披露する場をすこし御譲りしてもよいのではないかと、来る物拒まずの姿勢で受け止めて、お二人の情熱に寄り添ってサポート出来る限りしたいとおもっています。
染田さんは、もちろんバロック音楽演奏も大好きですのでご安心ください。
 作曲家の方のご来場もお待ちしております。

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posted by きりん at 14:21| Comment(0) | サロンコンサート&公開レッスン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

二つのブラームス第四番  ミュルツツシュラークの思い出 

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 9月23日29日、前者は京都市交響楽団指揮準・メルクルで、後者は日本センチュリー交響楽団で、交響曲第4番ホ短調 また9月13日同オケ(略称 JCSO  以下同じ)でブラームスピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 をガエタノ・レスピノーサ指揮 ピアノ アレクセイ・ヴィロディン で続けて聴く機会に与った。
  結論は、チャイコフスキーの交響曲を聴くよりもシンフォニーならこちらに合う傾向だと幾ら否定してもそうだと確信できる。
 京響では京都コンサートホールの3階レフトバルコニーで、爽やかな午後。  JCSO は、豊中市文化芸術センター大ホール一階右R列36番 台風前の午後。
 前者は、ヴァイオリンパートが見えなかったが、ヴィオラは5ブルト。 JCSO は4プルト。コントラバスは、7台に対して6台。
 聴く位置が、ステージに近い右上席なので、俄然迫力はある。準・メルクルのオペラの実績は素晴らしく、タンホイザーは魅惑的でした。
  上村昇氏も客演首席でおられた。低音の力強さは抜群だった。

 豊中文芸大はこの秋で丸二年を迎えて、音がよく浸透して来たように思う。
 まろやかにバランスがよくなっているようだ。 今日は、台風前のせいが大分湿度が高いようで、ティンバニーが籠って聴こえた。だが決して打音が弱いということでなく。 ホールの反響板のせいか?いやこのホールで首席ティンパニー安永氏の名演に満足しているので、湿度も関係していたのだろう。
  ホール環境はこの位にして、ブラームス名声を勝ち得て悠々自適の頃の作品。それでも聴衆に受け入れられるか心配していたというのですから繊細なブラームス。古典の旋法を取り入れ、四楽章にはバッハのカンタータやシャコンヌ、パッサカリアを取り入れているという懲りようなので受け入れられるかを杞憂していたそうだ。 
  冒頭から序奏というのがなくて、いきなり主題に引っぱりこまれる。マエストロ小泉の棒に応えて客演コンサートマスター後藤氏及び第一ヴァイオリンの弓は瑞々しく伸びやかだ。いきなり哀愁を帯びた弦が第1主題を奏でて引き込まれると同時に美麗さが弦によって心つかまれたよう。本人はこの曲を「すっぱいサクランボ」と形容していたそうで、老齢となった彼に赤くて丸くて可愛いサクランボのような恋の哀しみ、郷愁が自身に湧いていたからか。
弦の主題に次いで、やがて奏でられるトランペットなど管楽器が高らかに首席小曲さんらが危なげなく吹いて空気を変えてくれる。
ホルンもトロンボーンも健在だ。
オーボエ、フルート宮本さん 永江さん女性が活躍。質が低下したという聴衆の声があるとのことですが、そうは思いません。
 京都ではタンホイザーやグリークでホルンがもひとつだったし。ブラームスでは満足。
 そりゃ、助成金を沢山もらっていたころと環境は後退しているとはいえ、実力が衰えているのではないと思う。聴衆が少ないのは、他の要因(助成金がなくなって、宣伝サポートする大企業が一番少ないのですし)が多くをしめている。私見では、事実窮状、危機をマスコミがもっと深い取材と報道して会場へ足を運ぶように楽団でも工夫をしていくことだと思われてならない。理事会等名士の方々の人脈と叡智でもって色々新しい仕組みを作っていただきたいと切にお願いいたします。 草の根でも、中小企業経営者、病院教育機関、もちろん大手企業のメセナ事業としてお金をだすところが見つかれば、流れが変わってくるのだと思う。

素晴らしい四番ありがとうございました。ロビーでよく見かけた方と絵画の話しも交えて語りました。
 この曲を書いたブラームスの家は、ウィーンから出ているゼンメリング鉄道のミリュツツシュラーク駅降りて直ぐのところにあり彼のセカンドハウスで作曲の為の部屋で1884年から1885年に書かれたのです。
 一人で見学してお昼休みに入って待たねばならず。 時間通りきっちりと空いてフリー見学。
ブラームスのこの家では、ウィーンフィル演奏、バーンスタインが指揮する四番がテレビ画面で放映されていたのを強烈に憶えている。
蒸気機関車に乗ってウィーンへ週一くらい出稽古に通っていたようで、静かな環境で作曲に集中できた家だったのです。
  

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