2017年07月21日

コンサートマスターの休日  MARO  IN OSAKA

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  篠崎史紀さんのリサイタルを聴かせていただいた。ピアノは入江一雄さん。
 前半は、ブラームス  F.A.E. Frei aber einsam ( 自由にしかし孤独に)ソナタよりスケルツォ ハ短調
  と
有名な「雨の歌」ヴァイオリンソナタ 第一番  op.78 1878 年から1879年にかけてブラームス46歳の時に美しい避暑地 ペルチャハで書かれた。その風景を彷彿とさせる美しい旋律は、雨後の森や対岸の景色などを浄化していく。
 演奏直前に、いきなり国会議員のお名前でお祝のメッセージが読み上げられて、びっくりしたが、2曲目の雨の歌には引き込まれた。
 後半は、ミステリーツアーのように、小品演奏曲は何も書かれていない。マイクを持って楽器と弓を持ってはなされるうちに曲の簡単な解説、話術も妙で、次々と演奏されていく。
 8年留学されて鍛えられ、揺り籠となっているウィーンの土壌から生まれた奏法が、見えてくる。
氏の体験から学ばれた座右の銘であろう。「宗教と語学と人種の壁は、音楽によって垣根がなくなり、全てが乗り越えられる」この信念は、いまの国際社会だけでなく、本当は国内地域、学校などあらゆるところで相互に尊敬しあい、友愛の中で溶け込めるはずなのだ。
 「いま、この音楽の響き」を対話して、雨後の露が輝いて鳩尾に落ちることが音楽の余韻であろうと思う。 ブラームス、ヨーゼフ・ヨアヒム(ブラームスと親交深い)を歓迎するためにシューマン、彼の弟子アルバート・ディートリヒと分担して作曲したという フライ・ア−バー・アインザム (自由しかし孤独)のように。
 世俗に落ちず。天空から降るがごとし。

後半は、MARO 編曲が二曲。「チャールダッシュ」 はピアノも超超絶といってよいロマの典型的なもので、逆さにすれば MARO 。 マジャールのマにロマのロで日本とハンガリーの友好曲として篠崎さんが編曲されたもの。
 麻呂さんのラフマニノフのセレナーデ『祈り』と社会福祉協議会のHさんの電話口から聴こえる優しい声が今日の雨露だった。
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2017年07月15日

バーンスタイン2世紀を架ける「ミサ」 第55回大阪国際フェスティバル  大フィル70周年 マエストロミチヨシ 

新しい大阪国際フェスティバルホールが完成して、もう4年目になろうか?大阪のプロのオケでは一番古参の大フィル70周年7月定期公演に、レナード・バーンスタインの「 Mass」が二日間の内1日目を拝聴。
 マエストロは,関西近畿圏北陸では、京都市交響楽団音楽監督、アンサンブル金沢音楽監督を歴任、大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者として70周年記念に、この大作を取り上げられた。 マエストロ井上が病から生還して、国内では23年ぶりに渾身の智恵と力を振り絞って生演奏されるとのことで、逃す事は冒涜でもある。などど大げさな言葉がついでてしまう。音楽を聴き出して半世紀。その半分以上は、門前の小僧以下の聴き方であったけれど、音楽サロンを開いて、音楽以外のお膳立ても多くなったけれど、その縛りの反動で何の縛りもない選曲コンサートは、平たくいえば、オーナーとしての勉強であり、私自身の生きる活力源であり、苦悩の渕を探検たり、生きる糧なのです。世界的にしられる彼の一面は、レニーと親しまれたように指揮者、ピアニストであり、かろうじてミュージカル「ウェストサイドストーリー」の曲を作った人といえば、通じるというアンバランス状態が正直な認知度である。しかし20世紀、21世紀の作曲家バーンスタインの作品を没後17年も経っているのだから、もっともっと演奏されてよいはずだ。
  「Mass」はローマカトリックの典礼ミサそのままを古典的にまた彼流に、そしてバーンスタインと詩人ストーヴン・シュオーツが、司祭や神へ民衆が強烈な懐疑と異議申し立てをテキストにオーケストラ、マーチングバンド、ジャズバンド、フォークギター、ダンサーバレリーナ達、少年合唱団、混声合唱団、18人を声楽ソリストとボーイズソプラノソロがステージで歌いうごめき、またあくまでも新たなる聖なる信仰を求めて発露する清濁混淆のダンスオペラである。
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2017年07月06日

ホルン協奏曲二曲 

ドールは、素晴らしかったのですが、バックが、残念ながらソロとの乖離が散見。ティンパニーのマレットの選び方にも?が出てしまう。シューマンの2番は、大きくはないが、幻想的で幽玄ともいえる主題に弦が把握してないと感じました。デュメイが来てから、随分良くなったとは感じておりましたが、新人指揮者の料理に不満を感じたのは、独断と偏見でございます。
シュテファン・ドールは、一曲目のモーツアルト三番協奏曲を吹いて、二曲目の協奏曲、リヒャルト・ストラウス3番の疲れは微塵もない。この曲は、1942年戦火が激しくなってくる直前であろうか。独奏ホルンソロに比べてオーケストレーションとして、弦が神経質的でどうも曲想としてもただ個人的でしかないのだが、ソロとの乖離を感じてしまう。アンコールのソロを披露してくれたメシアンの 『峡谷からの星たちへ』は、圧巻。ホルンとは思えないピアニッシモのトリル連続や、渓谷を表現するかのような爆発したメロディーから右手だけでミュートストップを入れてないのに関わらず、変幻自在に音色を変えるという素晴らしいソロであった。ウインドアンサンブル、ウイーン・ベルリンは、何もなければ行こうと思う。ジョナソン・ケリーが昨年病気でこの木5には来ていなかったからです。それに加えてというかこれがメインの出し物。ルチアーノ・ベリオのあの曲!役者五人男がどう演じるか!?なのです。
 大フィル定期バーンスタインのMassは、20世紀のあらゆる面で、外せない作品。井上シェフ、ダンスバレー合唱をどうするのか、予想がつかないですが、日本で23年ぶりというのとで、合格して欲しいですね。もちろんレニーがそう言ってくれますように。でございます(((o(*゚▽゚*)o)))

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