2019年09月02日

日本舞踊と TSUKEMEN

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   日本舞踊家のお身内の方から勧めていただいて、予定日ギリギリに、チケットを予約して拝聴した。
 いわゆる阪急「にしきた」=クラシック音楽・演劇・芸能の殿堂となった兵庫芸文センターの最寄駅に到着して、着席して聴いたのは前半ツケメン「ラ・カンパネラ」が終わった後、「真田組曲」からであったが、逆に、日本舞踊とヴァイオリン二挺とピアノ3人と3人のコラボを集中して聴く事ができた。
  日本舞踊というと、筆者の幼児の頃からつい数年前までは、関西では、各流派のおさらい会や流派だけの師匠の会の事を想像していたが、それが打ち破られたのが、藤間蘭黄師を初めとする東西各流派の御曹司様方で、「初めての日本舞踊」というシリーズだった。しかし内容は別に間に解説が入るわけでもなく、子供向きでもなく、むしろ古典を変り振り付けした三番叟であったり、モーツアルトの「フィガロの結婚」を江戸時代の髪結床屋の男と町娘の恋に横恋慕する旦那のドタバタ芝居を舞踊という言葉がない世界に取り入れて、狂言仕立ての新作舞踊を何度か拝見していたものだから、あのTSUKEMENが伝統芸能に新しい息吹を吹込む”トリオ”とコラボするので、何とか見に行こうと腰をあげた次第。
  日本舞踊は、能、狂言の舞や歌舞伎の劇中の舞を取り入れているから大抵は華やかな衣装に身をまとった女形や伊達男が登場するとは反対で、
黒紋付に袴と舞いの小装具としては白銀の扇子のみのシンプルな出で立ち、それで正装で TSUKEMEN の演奏に乗って舞うのである。会場に設えられた檜の舞台と金屏風を背景に、ツケメンのヴァイオリンとピアノは、プログレロックに近く温度は別府温泉の血の池地獄のようである。西洋楽器のツケメンは昭和人というより明らかに昭和終りの平成人。 日本舞踊家が中年というか舞踊界をしょって立つ昭和人でも東京オリンピック前後世代と見える。ロンドンへバレーやモダンダンスを学ぶ留学した家元ご長男もおられる。西川箕之助、花柳基、そして藤間蘭黄だ。ツケメンはクラシックの音楽大学を卒業にして今や純クラシックでもないがしかしポップスでもない TSUKEMEN-道を確立して国内で満席喝采を浴びていることがプログラムで知る。
 蘭黄 構成の『 THREE』 は、5つに構成振り付けされているが、先ほど書いたように衣装は、全く伝統的な黒紋付きに袴に舞扇子を2つに手さばきよく、或るいは、3人で月に見立てるなど自然の気配や武器に見立てたり。
 白い足袋が、細やかにある時は激しく白い線を書くように、またきりりとしたパーカッションに変身する。之が西洋舞踏にはない特異な足芸である。ツケメンが2015年3月、ウィーン楽友協会大ホール黄金の間で満席の中大成功を収めたとの事で、シェーンブルン宮殿などでのコラボですれば、どんな反応が返ってくるだろうか? 日本舞踊が若いトリオにこびるでもなく正統派を貫いて、ヴァイオリンやピアノ
を三味線や笛太鼓のように舞い合わせ舞い散るがごとくに、勇壮であり、また艶でもある。 今日は、何の贔屓目もなく吸い込まれて1つになったような客席は、よく見ると殆どが女性であったことに最後に気づいた次第。着物姿もちろんあちらこちらであったが、日本舞踊初めての方も多く、伝統の型をしっかりと守って、それを打ち破る美を新旧世代から一杯の光を感じた次第。  誘ってくださった奥様であり、バレー評論家である T さんとほんの少し会談。面白さの本質が見える素敵な時間だった。

  
   
posted by きりん at 02:46| Comment(0) | コンサート聴き歩き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月28日

サロンを支えてくださる方は、色々な方ですが、。。。。。。。。。

連日のコンサートとレッスンが4日間
10時〜していただいたピアノ調律。
ピアニストさんが突然「先ほどしていただいた調律!ピアノがすばらしい!弾きやすいですし〜」
感嘆の声を上げていただきまして、疲れがしばし飛びました〜😊
 有り難いことです😊♬
posted by きりん at 13:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クラウス・ディーター・ブラントさんの無伴奏チェロリサイタルを終えて

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花束をブラントさんからいただきました!
マスタークラスレッスン二日間はとても充実して、若い方たち、子供たちのレベルの高さ、チェロが好きで表現力にも才能を発見。
ブラント先生が、丁寧に教えておられて、また普段教えておられる先生の楽しい素敵なレッスンを想像して嬉しゅうございました。

無伴奏ばかりのコンサートは可成りの根気を必要とします!
個人的には、カスパール・カサドのチェロ組曲と
エルネスト・ブロッホのチェロ組曲第1番が好かったです。

posted by きりん at 13:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月03日

再会〜時を経て  

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 半世紀と+すること、成人式の年齢を足すころまで生きてると思わぬ再会もあるものだ。
 つい先日Facebookかで知った元ノワジェンヌの Fさんが、すぐ隣町、曽根にある豊中市文化芸術センター小ホールでリサイタルをされることを知ってご本人からチケット購入。
  歩いてホールへ。 ゆっくりと歩いた。 早足では歩かない。 無理な早足をストップさせる。
丁度開演前について、下手通路側10列目くらいに着座。
 W.A. モーツアルト死の2年前つまり、パリ革命=バスティーユ牢獄めざして市民兵が突撃した年に作られた。
  デュボールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調
L.v. ベートーヴェン ピアノソナタ 第24番 嬰へ長調 作品78 1809年39歳
  伯爵令嬢 テレーゼ・フォン・ブルンスヴィックに献呈された エリーゼは間違い。筆の粗いベートーヴェンのスペルを後世に読み間違えられたのが定説になってきたらしい。
  ♯記号が多いのでテレーゼは、自己主張の多い女性だったのではないかという FさんのMCになるほどと相づちをうつ
同じく 25番 ト長調 39歳で作曲 献呈なし  

  Fさんはベートーヴェン ピアノソナタをシリーズにして30年ピアノ一筋にがんばってこられた。
ノワ・アコルデが出来て2年目に、セミコンサートグランドを入れた最初のノワジェンヌさんだった。
空いていた部屋がセミコンを入れても余裕がある南東の間取りの好い部屋だ。
 卒業してプロ活動をされてる時に引っ越してこられた事を思い出す。
 その年が平成元年(1989年)9月19日 メンバーも今日と同じく日比浩一さん(V.N.)
  後藤敏子さん(V.C.)  
 後半がメンデルスゾーン の ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 作品 49

チェロのソロで始まるが、その音色の深い事! 魅力的な音質だ。 
ヴァイオリンは数々の有名オケのコンサートマスターを経てこられた、日比浩一さん
そう音量を出されないタイプの方です。
曲は、咳き込みたくなるものですが、トランクイーユ
第3楽章 十分速く。後はアレグロ・アッサイ・アパッショナート。



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posted by きりん at 00:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月04日

 母として。。。。。。。

 くらがらくが教えていた当時の学生さんが、中学から小学校の音楽の先生になっていて、私を慕ってくれている。 
  昨日は、高齢者のための介護不要の生き生き筋肉トレーニングの後に彼女とリコーダーDUOとピアノ演奏を御聞かせして
  拍手をいただく。 高度なクラシックを聴いて耳を肥やしているのに、我が身がするのは、なに?という代物ですが、
   Aさんと二回合わせて人様に喜んでもらえることに、有り難さを感じて楽しい一時。
   冬に戻ったような2、3日から昨日は暖かいので、数人で近くの天竺川の桜を鑑賞。台風の影響がありましたが、生きている桜が
がんばっていること、90歳を越えて元気に歩いておられる方に後から車が来た時にそっと肩に手を添えてお話するのも、有り難いこと。
  Aさんも喜んでスマートフォンで自撮りや2人撮り。
 皆さんは橋のたもとでお帰りだが、服部緑地公園まで足をのばす。 毎年くる植木市も、世代交代が上手くいかないのか、店が少なくなっている。
  沈丁花が一株のこっていたので、買って早速拙宅の庭に植える。3年前に枯れたこの花の苗木は、近くのスーパーの植物コーナーでも
見当たらなくなった沈丁花。薫りがすこし強めだが、だからこそ「いよいよ春ですよ、起きてくださいよ!」春一番の告げる花だ。
  赤の沈丁花を Aちゃんと苔むす松の木の枝が途切れたところに植えた。 
 スコップで堀ると細かい根っ子が土に絡まっている。松の根ではないらしいが、新しく植える沈丁花のために、ハサミで少し取り除き
生存競争にならないように二人で新しい寝床空間を作りました。46歳になり、もうすぐ初孫ができる Aちゃんがえらく喜んでいる。
 私も、だれかと一緒に植樹記念日にできることがとても嬉しい。
  大自慢するような庭ではないが、慈しんでくれる人が増えたことに花も嬉しかろう。
  
休憩ティータイムして、また音楽サロンに戻り、5日コンサートの椅子並べをサービスする。 普通貸しスタジオ、ホールは借りる方がセッティングするけれど演奏の方は少しでもリハーサルしたいでしょうから。 夕食をして。。。。。。。。

車で来た Aちゃん。 習っている謡曲の発表会が5月にあって着物を来て行きたいので着付けをして欲しいとのことで、夕食を食べてから、之が一大イヴェントとなった。着付けるだけでなく、自分でも着れるようになるための基礎、着物襦袢のこと、たたみ方、草履、足袋のことなどをレクチャー&実践。
 着せてあげようと思ったら襦袢に半襟が着いていない、そで口が糸で留めてなくて、しつけ糸だと思って取ったらしい。
  
 それで、自分の半襟を取ってきて縫い付ける。その方法も実践。 
草履を履いたのは、何時の日か? 鼻緒の革がパリパリになって剥がれているところや裂け目が一杯。 
 自分の草履を座敷へ持って来て履かせるとぴったり。貸す事にする。A さんが喜んでるのは言う迄もない。

お互いに笑い合ってほっこりほぐれた。 お母さんもお父さんも60代で亡くなってもう何年もたつ。彼女は40代で両親をなくした。私も20代で母を失った。  A さんは、クラリネットライブをするときは、小学校の先生?と思うような出で立ち。時代が異なるか、ひいてしまいそうであるが
 人懐っこく、邦楽もきちんと習って人生を楽しんでいる性格にも開眼した。
 20代で未亡人になり、お舅姑さんに二人の息子を昼間は育ててもらい、中学校の先生をして、
 8年前にご近所さん同士で再婚。屈託がない、家族関係に、昔のよき村社会が息づいているよう。

 着付けをし終わって、たたみ方を教えて片付けると 1時を回っていた。

 ご主人にこちらの事を好く話していて、理解あるようで安心。「おかあさんのようやな』と言われているそうだ。
  実のお母さんのようにはなれないが、こうして役に立てて、家族のような会話ができるのは、昨日使った部屋も暖まり楽しんだ。
 二人の義理の息子さんも、殆ど実父の思い出がないためか中学で新しいお父さんにも自然に溶け込んだそう。
  ついつい比較する人間。比べないと幸せになれることが多い。

ノワ・アコルデ音楽音楽マンションを31年前に二人で立てて、親御さんの気持になって面接したり引越には祝い、退室には別れを惜しんで
文通を続けている。 
  たまに訪問したり、記念の年には来てもらう付き合いが続いているのも、大家さんと代理母役をしていたことが今の私を支えている。





posted by きりん at 13:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする