2017年11月19日

音楽大学のオペラハウスは直ぐ近くに!

隣町にある大阪音楽大学ザ・カレッジオペラハウスへ、文化の日当日教えていただいてオペラを、11月18日土曜日にお声をかけていただいてホルンアンサンブル(在学生と OB.OG  合同演奏)演奏会へ行ってきた。
前者は、モーツアルトが18歳から19歳にかけて書いた「偽の女庭師』35年の生涯に21曲もかいた中で、まだまだ上演されることが少ない。オーケストラピットをつくらないでオケもステージ。そして部隊に沿った階段をつくって舞台とする。4組の男女がドタバタの中にめでたく仲直り、結ばれるお決まりの喜劇。でもその音楽に魅入られて楽しむ。
  大阪音大オペラチームでは来年もディレクターチョイスシリーズとして、中々上演されないオペラを上演されていますが、来年も G.C. メノッティの「テレフォン」「泥棒とオールドミス」が決まっている。
11月2日 と4日 一般公開で大きなオペラ劇場ではないので、気軽に楽しめる。
サロンをする前から室内楽は聴いていたけれど、オペラからは遠のいていたことを反省(?)灯台下暗しを返上してできれば友達知人を誘っていきたいものだ。
 18日は、コンサートミストレスの赤松さんからお声をかけていただいた。チラシをみると日本センチュリーのホルン三村さんが委嘱作品 ファンファーレと日本の唱歌編曲が演奏される。昨日オケの定期コンサートで「いくのよ!」て気軽に聲をかけた。今日は平井み帆さんの本気講座が終わって、さっと食事をして駆けつけた。サロンで演奏してもらったホルン奏者の方が3、4人はおられた。三村夫妻にも会えた。赤松さんにももちろん。近藤 望氏編曲のチャイコフスキー荘厳組曲「1812年」はバンダに OBOG も高らかに奏された。
 
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海外オペラだけでなくコレギウムオペラもいいものだ。
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2017年11月17日

若いヴァイオリン奏者がサロンを訪問。

 FacebookというWebサイトに加盟(言う言葉は適切なのかわかりませんが)活用させていただいてると、色々なコンサートフライヤーが目に入ります。またこちらも発信者になっています。 先日イヴェント招待が来て、演奏者のプロフィールを見ますとお母様に師事をされたこと、そのお母様の名前を見て、思い出しました。「娘達がクレモナで勉強して、演奏活動してくれています。もしご縁がありましたら、よろしくお願いします。」クレモナの教会を背景にしたお姉様かどちらかのチラシを見せてくださいました。どこで初めてお会いしたか思い出せないのですが、二度目は、ノワ・アコルデ音楽アートサロン。寺神戸亮さんのリサイタルでした。混んでいましたので、その時はゆっくりお話ができませんでした。ご病気で杖を持ってかなり衰弱されているとお見かけしましたが、平静に音楽への熱い想い、お子さんを思う気持ちを語られて、受け止めることを望んでおられるのだと分かりました。イタリアに長くおられたピアニストのYさんと<くらがらく>の恩師故喜田賦先生を通じて知己を得た後でしたが、しばらくしてYさんから他界されたことを知りました。 
  その娘さんの次女さんがFacebookでコンサート招待をしておられて、なぜか私にもしてくださっていたので、どうしょうかと迷いましたが、清水様(お母様の姓)が何か知らせてほしいとおもわれたのかと思うとメッセンジャーで自己紹介しましたら、亜美さんが、「ぜひお会いして母のことを御聞きしたい」ということでお会いしました。
 横山亜美さん 最近テレビでお母様の亡き後、帰国を選んだ亜美さん、イタリアに残ったお姉様それぞれの活躍が放映されて大体の人柄が分かりましたが、お会いしても太陽のようなひまわりのような方で、若さと音楽家としてのオーラをもらいました。 バッハの無伴奏 パルティータ第3番を試奏。弓はお母様の形見とのこと。
 指板上の弦に弓がしなやかに揺れ、伸びてサロンに冴え渡ります。 気に入ってもらえたようで、また話しが弾みました。高木和弘さんとは従兄弟に当り、叔父様の名前を高木君がもらったことも知りました。ヴァイオリン一族なのですね。 セレーノという室内オーケストラを編成してコンサートミストレスで、今回はお姉様帰国で交替で努められるとのこと。20代前半でお葬式からその後の手続きを放心されているお父様の代わりを努められたことをパワフルに笑顔で話されて、私は聞き役を努めました。「よくされましたね!」笑顔でひとこと。私も27歳で幼少から何度も入退院をくりかえしていた母(49歳)を亡くしています。聞き役になって受け止める年齢になれてきたのですね。 
   CD をくださるというので、私の画文集をもらっていただき、交換となりました。
パルティータと無伴奏ソナタ第一番ト短調、そしてテレマン 無伴奏ヴァイリンのための12のファンタジアより
 1、3、4、11番が入っています。
もしかしたら、お母様も寺神戸さんのテレマンの時にこられたのかしら。
  そう思いながら、亜美さんの素敵なヴァイオリンを聴いています。
いつか何かの形でノワで奏でてもらうことを願いながら。お母様の心に魂に届く演奏をしていただきたいと思いつつ。 
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2017年11月10日

ノヴェンバーステップス /北斎とお栄 創造の海にて  ノヴェンバーステップス  北斎とお栄 創造の海にて 

11月9日は、ニューヨークフィルハーモニー×小澤征爾で「ノヴェンバーステップス」が楽団創立125周年記念に演奏された日。1967年。
我がアーカイヴから1969年4月16日大阪国際フェスティバルに初来日したまだ20代の小澤征爾さん率いるトロント交響楽団のプログラムが出現。 故黒田恭一氏の武満作品「ノヴェンバーステップス」への当意即妙の文章も際立っている。
タイトルは「日本の現代音楽」の中の一つとしてのこの曲。
邦楽器として琵琶と尺八を取り入れた武満は、一番泰西への憧れと一番それとの拮抗を意識したであろう中で、武満自身、「西洋の音楽は横に流れていくが、尺八は竹のように垂直に立ち上がる」という意味のことを語っています。
安易に、西欧と和の融合とかメチエの貼付けを目標にしていたのでもなかったのです。一方氏は作品演奏前の立ち会いにはドビュッシーの楽譜を手にもっていたという逸話もあります。創造のミューズを導くに、創造者は、夫々の創造の扉の側に、また入口の鍵を持っているもの。ドビュッシーは、北斎の三浦沖の大波に触発されて「ラ・メール」を生み出したことは有名。
  反対に日常、風習の違いは琵琶と尺八二人の奏者が紋付袴であっただけでステロタイプな爆笑が起こり、リハーサル前に二人のソロやカデンツァ演奏を楽団員に聴いてもらうだけの工夫を小澤氏の機知で外見の違和感を払拭。逆転成功に導かれた苦心も。もちろん曲そのものと二人の名人技によるものであるけれど。ニューヨークフィル創立125周年記念委嘱作品として本拠地でレナートバーンスタインにも「何と強い力の音楽か」と絶賛され、すぐにトロント交響と小澤で演奏と録音(メシアンのトゥランガリア交響曲とカップリングでリリース)して成功をおさめ、70年の大阪千里万博1970年を前に、氏は鉄鋼館での企画を任されて世界的に広く「TAKEMITSU」が知られることになり、 OZAWA による、その凱旋公演が大阪フェスティバルと東京文化会館で上演。その後日本国内では、サイトウキネンオケや他のオケ、小澤氏、そして存命中だった鶴田氏と横山氏との演奏は国内外で500回にも及ぶという。その後ジャズ的な奏法を取り入れて不評を買って後続の演奏がないという。しかし二人の天才名人を超える、後を継ぐ奏者が出現しないとは、このまま埋もれていくのでしょうか?
 「日本の現代音楽」は当時でも盛んであったので、この辺りを黎明期と呼ぶなら、今は何と呼ぶのか、安易に答えは見つからないでしょう。
 話しは変わりますが、昨日8日は、日本で一番高い建物という、大阪のあべのハルカスの美術館で公開中の「北斎」展を見た。大英博物館、ボストン美術館、大阪市立天王寺美術館、太田美術館などや個人所蔵が集結した作品群である。1000分の1、2000分の1秒のシャッター速度で見ると大波の波先は鋭い爪が現れたのです。天才北斎は肉眼でそれを表現したのは当然とも想い、波の音、風の音、樹の音森羅万象に強く細やかな触角を持つ作曲家とも共通します。
  余談ながら、6日から展示替えされいる娘お栄=応為のあの作品。吉原店先格子を結界にした夜の人物構成と提灯の明暗と表現力を間近で見ることができた。父の北斎自ら「お栄の美人画は自分より上手い」と言わしめたほどの才を持っていて気共同制作とわざわざ言わなくてもお栄の筆が父を助けたと想像できそう。今回は、日本画、浮世絵でありながら、シーボルト達オランダから持ち込まれる泰西画は用意にみることができ、風景には遠近法、顔や四肢には影を付けて立体感をなに食わぬ顔をして、本邦画材で、取り込み描き込む北斎・お栄という市井画家の創造神に感服したのでした。
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posted by きりん at 03:28| Comment(0) | 美の回廊 魂の回廊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

Nabil Shehata   Contrabass Recital in Japan with Noriko Hayashi (pf.)

 シェハタさんを知ったのは、もう12、3年前になるはず。神戸三宮のライブハウスで、林典子さんと出演された時に、渡戸由布子さんに教えていただいて聴いたのでした。 そのお陰ででしょうか、コントラバスの響きに興味がおこり、沢山の cb 奏者の方がノワ・アコルデで演奏やレッスンをしてくださって、ご縁があるのです。 今回は、5年ぶり。全然年取らない方みたいです!

 なのにこの楽器の根本的なことを知っていなかった! コントラバスって、不思議な楽器ですよね。ヴァイオリンやチェロ族ではなくて、元祖はヴィオラ・ダ・ガンバなど、ヴィオル族と言われる方に分類されますね。”肩”の形がなで肩で、弓の持ち方が、大抵アンダーハンドでお箸の持ち方に似ていますが、ガンバもなで肩だけど、ガンバがC字溝なのにコントラバスはF字溝。でもコントラバスにもチェロやヴァイオリンのように肩がいかり肩のもありますし、アメリカのオケでは、オーヴァーハンドで演奏するのも見かけました。
 しかし問題は
一番驚異的に違うのが、弦が5本ということ! 4弦のバスは、ジャズなどで使われて、プロのオーケストラでは5弦が多い?とのこと。多いと言われると4弦の楽器とどう合わせるのかしらとまた疑問が湧いてくる楽器。何となく遠くから見ていたら判らないのです。

今日は目を凝らしてみていたのですが、乱視ぎみで4弦のようにも5弦のようにも見えたり。肝腎なことを聴きそびれてしまいました。
しかし、プログラム写真を見ると4弦に左手を置いておられます!
4弦で弾いたり、5弦の楽器に持ち変えるのは、かなりの訓練をしないと難しいでしょう?!そしてあの速いパッセージを1メーター5センチの棹の上を左手の指が駆け巡るのですから。
 
アルペジョーネ・ソナタでは、高音の二弦が多く使われていたようなのですが、 後半のミシェック(1875〜1955)のコントラバス・ソナタ第3番 ヘ長調では、4弦を駆使して演奏されていました。
ご本人ミシェックの自筆譜がライプチッヒの出版社へ送られて1954年に契約が結ばれています。しかし出版を前に作曲家は亡くなります。この楽譜を元に海賊版ではなく正式に出版する依頼を1993年に文屋充範先生(シェハタさんのヴュルツブルグ音楽大学大学院での先生)にされて来て、このソナタが書かれて39年後にそのホフマイスター社から出版されたと今日のライナーノーツに文屋先生が書かれていました。
 この曲は、ボヘミアのような牧歌的な曲想を思い起こす美しいメロディに溢れていました。戦争があってソナタ2番とこの3番の間は45年も空いているのです。きっと第2次大戦ナチスの脅威と連合軍の爆撃から解放されて、作曲することができたのでしょうね。
最後のピアソラの キチョもコントラバスのオリジナル曲で、ピアソラの演奏パートナーであったコントラバス奏者のキチョ・ディアスの名前です。重苦しい暗さはなく、力強く、ナビールさんの大きな指が、どの曲も
的確に棹の上の弦を自由自在に駆け巡るのでした。

そのコントラバスの勇者たるナビールさんを支える典子さんも終始安定して息があっていました。
今回は西陣織の着物地でつくった薄いブルーで細かい地模様とラメが入った地色とのコンビネーションが素晴らしいものを貸与されて、デザイナーと織元の方が会場に来ておられました。
 またお陰さまで沢山の cb 奏者やそのご家族から声をかけていただき、来年される cbの方ともお会いすることができた、素敵な夜でした。帰りはまたかなりの雨の夜となりましたが、心は晴れ!でした(笑)
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posted by きりん at 01:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

 笛の楽園 近江 遠近江  WALTER van HAUWE  &   TOYOHIKO SATOH

 少なくとも18年ぶりに聴いています。我が家の  コレクションの一つですが。
 よく聴いたものだなあと感慨深くなります。 フィンガーから始まってみんなよく聴いたもので、覚えてるのが不思議。タイトルや作曲家はおぼろげながら。ファン・エイクも多い。先日 チューバの服部祐介君が ファン・エイクのリコーダー全集の Vol.2 を所望して譲ったところ。この曲たちも vol.1
かどこかにあるのだろう。
ジャケットに佐藤豊彦さんのお写真はありませんが、1990年録音 で
まだまだ御若い。 この方どなたかに似てるなあ。同世代のリバプール生まれの。。。。。。。。
初めて知ったのは、ブリュッヘンの lp  の写真 1960年代は長髪ブームでキース・ブーケさんとともに
ブリュッヘンのお弟子さんで、3人で「サワークリーム」というリコーダートリオをつくって、いろいろ録音されていたのですね。このトリオで来日したことはあったとは浅学にてまた、首都に遠く知らない。
大阪府和泉市にある、久保惣ホールでは、飛行機嫌いとの噂があって、ハウヴェさんの代わりに、サワークリームの相棒、キース・ブーケさんとソプラノだったかメゾの方を入れたコンサートで家族と仲間と聴いて感嘆したことを想い出す。ここまで近くに来たときは飛びついて行きました。こんなにリコーダーが安定したピッチで名人芸のアンサンブルを聴くのはまだまだ珍しい時代でした。
もちろんブリュッヘンの初来日が、lpで聴いていたあの音色、何をも恐れぬ表現力に、大きな大阪フェスティバルホールに鳴り響き、痺れたことも衝撃の世代です。
ハウヴェ(そのころは,ハウエと濁音でなく読んでいました)さんたちより前に、この頃は、ブリュッヘンの甥ッ子ダニエル・ブリュッヘンがメンバーの一人であった、ルッキー・スターダストリコーダーカルテットが、京都河原町カトリック教会などに来て、古楽ファン、リコーダーファン管楽器の間でブレイクしていた時代。ルッキーの一人が作曲、編曲もして、ストリート・オルガンの音色を沢山のリコーダーを持ち替えて抜群のパフォーマンスに湧いたものです。続いてベルギーのフランドルリコーダーカルテットも1999年頃に神戸松陰礼拝堂やベルギー・フランドル交流センターで、ルッキーに劣らぬその妙技に喝采したものです。
 1990年を過ぎて熊本小国町で有田正広氏が提唱、率いる小国古楽音楽祭に講師としてこられていましたが、私は留守番でついに聴きに行けませんでした。2013年から14年でしょうか。音楽祭が小国から福岡一本になって、2014年くらいに福岡古楽国際音楽祭に招聘されて
クイケンファミリーと共に来日、豪華な顔ぶれの中レセプションに参加して、演奏を聴かせていただきました。
横道にそれましたが、先日大阪でコンサートとレッスンがあったのですが、サロンのコンサートがあり、次の準備で近江にありながら、行けませんでした。しかし耳は 、色々pcに書き込みながら、家事もしながらcdをこうして間近で聴いているのです。ハウエ氏の cd は他にもあります!また聴こう。
  佳き秋の長夜。 長雨続きの朝。 バルトルド・クイケンソロコンサート@イシハラホール買いました!モダン、オケ、木管五重奏に傾いてるところをヨイショっとギアチェンジです。
1月8日はパリから帰国してノワ・アコルデで「ゆがみの美学」をまた演奏するトラベルソの折井あきつさんをこころまちにして。丸山晃子さんソプラノ と澤朱里さん チェンバロですよ。
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posted by きりん at 12:23| Comment(0) |  CD,LP,DVD 鑑賞のひととき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする